昨年までは救急病院での勤務だったので、とにかく紹介された患者さんや救急の患者さんの状態を良くすることばかりを考えていました。
良くなられたら、その後のことは開業医の先生にお願いしていましたので、気持ちはまた新たな患者さんへ向きます。
今は、すべて自分が責任を持たなければならないので、あの患者さんはどうされているだろうかと、気になることが多々あります。
ましてや、お薬がなくなっているだろうと思われる方が来られていない時には、大丈夫だろうかと心配したり、調子が良くないのかもしれないなどと、自分の診療を見つめなおすこともします。
当然、私との相性もあるでしょう。
良かれと思ってアドバイスしたこと、処方の仕方など、本当は本人にとって希望したものではなかったかもしれません。
一生懸命になればなるほど、声のトーンも上がるし、口調も強くなる。
そこには、自分の傲慢さが現れているのかもしれません。
今日も、永六輔さんのお話からそんな気持ちを気付かされたので、御紹介したいと思います。
僕にとってお付き合いの深かった歌手は三波(みなみ)春夫さんです。
こんなエピソードがありました。
彼が年をとってからなんですけど、老人ホームによく出かけることがあったんです。
ボランティアで一緒によく行きました。
あるとき僕は三波さんに、奈良の老人ホームで、三波さんのことをとっても大事に思っているおばあちゃんがいる。
ただ、そのおばあちゃんは自分の名前も思い出せない、自分がだれかもわからない、でも、「三波春夫」というと、にっこり笑うおばあちゃんがいる、という話をしました。
そうしたら三波さんが、「行きましょう、そこへ行って歌いましょう」と言うのです。
そこで、老人ホームに行ったんですが、そこで、その園長さんが「永さん、ちょっと」と言うんです。
「あのおあばちゃんの件なんですけれど、本当に三波さんが大好きな人なんだけど、一方でしょちゅう何かを歌っている」と言うんですよ。
「三波さんが歌ってらっしゃるのに、客席で歌っているのは、おかしいでしょ。だから、もし三波さんがそれは困るとおっしゃるんだったら、そのおばあちゃんは会場に入れません。でも、そんなこと気にしませんとおっしゃってくださるんだったら、入れることにしましょう」
と言われたんです。
すると三波さんは、
「じゃまになんかなりません。こういう施設に来る以上、いろんな方がいることは覚悟で来ております。さあ、どうぞ」
と言うので、そのおばあちゃんが入れることになったんです。
さて、司会の僕が、
「さあ、お待たせしました。三波春夫さんです」
と言おうと思ったら、そのおばあちゃんがみんなの集まっているホールに入ってきたんですが、もう歌っているんですよ、大きい声で。
「♪一列談判破裂して(数え歌)」と歌っているんです。
「弱ったな、三波さんに悪くないかな」と思いながら「三波春夫さんです」と紹介しました。
三波さんは出てきました。
出てきたら、何もしないですぐにそのおばあちゃんの隣に座って、おばあちゃんが「♪一列談判破裂して」と歌い出すと、それと同じ歌を一緒に歌い出したんですね。
それから、そのあとおばあちゃんが次から次に歌うんです。
三波さんもまた変な人で、どんな歌が出てきても歌えるんですね。
「♪ひとつとせ」に始まって、昔聞いたあらゆる歌を歌うんです。
そしたらそれをみんなが歌いはじめた。
司会をしていた僕に、「このまま盛り上げていこう」「私の歌は要らないからこのままいこう」と三波さんが言うので、本当にすばらしいコンサートになって、三波さんは持ち歌を一曲も歌わないで一時間たちました。
その帰り道、三波さんが
「永さん、私たちは間違っていませんでしたか?私が行って歌ってあげれば喜ぶと思っていたこの傲慢(ごうまん)さがとても恥ずかしい。みんな歌を持っているじゃないですか。みんな歌える歌があるじゃないですか。みなさんが歌っている歌のなかに入ってみて勉強になりました。われわれ歌手は傲慢です。自分の歌を歌ってあげればいいと思ってきたことがとっても恥ずかしいです」
『上を向いて歩こう 年をとると面白い』 永六輔 さくら舎
良かれと思ってやったことが、相手にはそうではなかったこと。
みなさん、ありませんか?
私はよくありました。
自分がやっていることは正しいなんて思いこんでいる時がほとんどそうです。
“自分に自信を持つことは大切だ” なんて思い込んでいましたね。
強く生きようと気負い過ぎるとそばにいる人も疲れますよね。
明日は父の日。
今まで娘達の前では強いパパでいたのですが、たまには、ちょっと変で面白いパパでいようと思います。
院長 野村