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責める心に隠れる淋しさ

2012年08月23日

リスクマネージメントを意識するためか、素直に謝罪をされない方がおられます。
 
たとえば、交通事故などで謝らない人がいますが、自分の非を認めると後で、点数を取られたり罰金が多くなるからだということらしいのです。
 
1:9とか5:5とかの責任の比率の前に、もっと大切なものがあるように思います。
 
医療の現場でも、訴訟になる多くは、やむを得なかったにしろ、医療機関側が相手を思う配慮が欠けている場合ではないかと思われますし、私達も日々スタッフ同志で確認し合うようにしています。
 
 
相手がどうという前に、まずは自分たちを振り返ってみる。
 
 
 
拓殖大学教授の呉善花(オーソンファ)さんは、この謝罪に関して、このようなお話をされています。

 
韓国人にとって、最も難しい日本語の言い回しが「受け身形」(受動態)です。

私はまずこの受け身形を意識的に使ってみました。

そして使えば使うほど気持ちが変化してくることが分かりました。

(中略)

能動態では責任は常に相手にあり「相手が悪い、あなたが悪い」と責める心につながります。

しかし「私が悪かった」と考えると最初は悔しいのですが、だんだんと気持ちが穏やかになってくるのを感じました。

「女房に逃げられた」

これに対し、韓国では「女房が逃げた」という言い方しかできません。

しかも、それに加えて、うちの女房はとんでもない人間だということを人に主張します。

一方の受け身の言い方を聞いた側は、奥さんが悪いというよりも「奥さん一人守ることができず、なんともだらしのない男だ」と、感じるのではないでしょうか。

このように日本人はいたるところで反省をしています。

その際、責任も徹底的に自分に持っていこうとします。

                               「致知」2009年7月号より


 

この受け身の言い方も、「女房に逃げられて参った」 「出ていかれ困った」と自らを恥じ、弱みをさらけ出す姿勢は、相手を責める夫より、ある意味男らしいとも思えます。

本当は強い人ほど、自信がある人ほど、自らの非を認め相手を受け入れることができるひとであり、決して人を責めるようなことはされないですよね。

 

クレームを権利主張という人もいますが、そうやって得をしたような人を見ても、決して好感を持つことはできません。
 
世の中、いろいろなことがありますが、自分がどうであれ、「反省をする」「人を責めない」という本来の日本人の持つ奥ゆかしい穏やかな姿勢を大切にしていきたい。


そうしていくと、この考え方が「感謝の心」につながるのではないかと思います。


人を非難しているうちは決して感謝の気持ちは生まれません。

 

 

今日は午後休診だっため、スタッフみんなでミーティングしたのですが、人を責める自分がいたので、この場を借りて反省させていただきました。

 

ということで、明日からは、奥ゆかしい穏やかな仕事がみんなとできるはずです。

 

 

                                      院長 野村

 

 

 

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